【やってはいけない】ガクチカの練習をやってはいけない理由

こんにちはスタローンです

今日は、学生同士でガクチカの練習をやってはいけない理由について、話したいと思います

記事の後半では、正しいガクチカ練習方法を教えますので、最後まで見てください

結論
・学生同士でガクチカの練習を行っても、評価項目が分かっていない

・社会人に面接練習を行ってもらい、評価される項目を明確化させるのが先である

「なんとなく良さそう」で評価が決まる、学生同士の面接練習

学生同士の面接練習を見たことがあります

その時は「6人くらい」の学生が面接の練習を行っていて、

みんなで面接の点数を付けていました

・A君は面接9点(10点満点で)

・B君は面接7点

という感じで

一番点数が良かったのはD君の10点だったのですが、

私はD君の面接を良いとは思いませんでした

話す内容はそれっぽい感じで

・アジェンダは~~~

・SDGsが~~~

と言う具合で、

ぱっと見は頑張っているように見えます

しかし、肝心の内容が、

「横文字を使っていて、俺は凄いだろ」感がすごくて、

とてもじゃないけど、聞いていられる内容では無かったです

しかし、学生たちはD君のガクチカをベタ褒めしていました

学生
すごい頑張っているなぁ

って感じです

社会人が評価するガクチカ ≠ 学生が評価するガクチカ 

なのを痛感した瞬間でした

「自分に理解できない事 = 素晴らしいモノ」という、日本人がしがちな間違い

日本人は

「自分に理解できない事 = 素晴らしいモノ」という勘違いを起こしやすいです

小林秀雄の本とかを見ると、

正直に内容が意味不明なモノも多いです

少なくとも

「相手に分かって欲しい」と言う気持ちには欠けています

「自分に理解できない事 = 素晴らしいモノ」は、日本の至る所で見られる現象で、

多くの学生が抱いている幻想でもあります

先程紹介したD君もその一人で、

自分は相手が理解できない事を話しているんだから、とても素晴らしい

と思っているのでしょう

 

しかしです、

現実社会では「分からないもの」は敬遠される存在になります

現実の社会では、相手に提案を行う事が必要になります、

専門用語で言うとアカウンタビリティと訳されますが、

自分と関係する人物に対して「詳しい説明」をする必要があります

 

現実社会ではアカウンタビリティが重視され、

説明が分かりやすいことが重視される

 

学生の狭い世界では、

「自分に理解できない事 = 素晴らしいモノ」と言う世界観で動いている

 

分かりやすく言うと、

現実社会では「オリラジのあっちゃん」みたいな人が重宝される訳です

難しいモノを難しいままに説明する人は敬遠されます

 

評価される面接とは何か?

ここまでの話をまとめると

まとめ
・日本人は「自分に理解できない事 = 素晴らしいモノ」という間違いを起こしやすい
・実際の社会では、説明がわかりやすい事が重視される

では、就活生のあなたは何をすれば良いのでしょうか?

ズバリ、「まぁまぁな社会人でも理解できる程度の説明力」を目指してください

※ここで「まぁまぁの社会人」と言ったのは、社会人にも微妙な人が結構いるので、

ある程度のレベルの人を選んでください、と言う意味です

まぁまぁの社会人5人くらいに、あなたのガクチカを説明して

私の説明って分かりやすいですか?

と聞いてみてください

5人が分かりやすいと言えば、あなたのガクチカはかなり優秀なレベルにあると思って良いです

もし、一人にでも分かりにくいと言われれば、自分のガクチカを疑ってください

「自分に理解できない事 = 素晴らしいモノ」と考えている可能性があります

社会人を選ぶ際には、マッチャーなんかがオススメです

あなたが女子なら対面は危ないので、オンラインでの面接を申し込むようにしてください

結論
・学生同士でガクチカの練習を行っても、評価項目が分かっていない
・社会人に面接練習を行ってもらい、評価される項目を明確化させるのが先である
・社会人5人に、あなたのガクチカを説明して、理解できるかを判断してもらおう
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